伊勢崎産業会の歩み

三代目会長柏井作次郎氏の頃には、会員企業は60~70社程になり、役員を中心に積極的な活動を始めました。 その一つとして「勘助の石碑(日乃出神社在)」、「お馬の親子の石像及び石碑(上植木本町在)」を事業化し対外的なアピールも行ないました。
四代目会長桜井久雄氏の頃には、工業会の名にとらわれず趣旨に賛同した各種企業が参加し120社余りの会員数となり、社会貢献はもとより異業種交流の場として経営面で会員同士の成長にプラスとなるような活動へも発展し、さらには会員の親睦を図るための講演会や企業見学、観劇ツアーなども開催し活発な企業間交流を展開いたしました。
五代目会長須田満氏の時に、伊勢崎市・境町・赤堀町・東村の市町村合併が行なわれ、これを契機に会の名称を「伊勢崎産業会」と変更し、会員地域も合併後の全市に広げました。 会員数も150社を超え、近年ではグリーンフェスタ協力など各方面からの社会貢献・地域発展へ取り組み、また、市長や国会議員・県会議員等との懇談会を毎年行なう等、他には類を見ない異業種交流団体の特性を活かした会員相互の進歩や親睦を図る取り組みに邁進しております。